2026
08.29

第44回世界戦没殉難者追悼・平和祈願式典

お知らせ, 活動中

こんばんは。西郷宗範です。

きょうは世界平和を祈念する三浦半島の宗教者が集まった三浦半島宗教者平和会議主催の「第44回世界戦没殉難者追悼・平和祈願式典」に参列しました。

神道、仏教、新宗教などが一堂に会し、世界平和を祈る式典は国内でも珍しいかもしれません。

約1時間半にわたる祝詞や読経などが行われ、世界戦没殉難者に対して祈りがささげられました。

式の終わりには広島平和がk集会に参加した学生の平和へのメッセージが行われ、次の世代へのこの平和の祈りが続いていることが物語られます。

そして、平和への誓いが実行委員長から述べられました。

「平和への誓い」
戦後八十一年の本年、第四十四回『世界戦没殉難者追悼・平和祈願式典』を執り行いました。
未だ世界では、アメリカとイランの戦争、ロシアとウクライナは四年半にわたる争いの年月が経ちました。だんだんと遠い国の他人事の様に思ってしまう自分が情けないです。
昨年、長崎市の平和公園を訪れる機会を得ました。平和記念像 あの有名なモニュメントの前に立ち、当時の人たちがどんな思いでこれを建てられたのだろうかと、思いを巡らせました。
「点を刺した右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした日誰莉手は恒久的な平和を表しています。しかし、これがどれほど大切なことを意味しているのか、身をもって知る人は少なくなりました。」という史郎間のアナウンスが私の心に残っています。
今年の6月、長崎出身の美輪明宏さんが91歳で逝去されました。1945年8月9日午前11時2分。突然ピカっと光った、雲一つない天気なのに雷?と思った一瞬、世の中の音がすべて消えたかの様にシーンとして、今度はドバーッと世界中の音を一時に集めたような爆音がした。美輪少年が見た長崎の光景は地獄だった。と詳細を語っていました。
年々、戦争体験を語り人は少なくなり、祈る人さえもいなくなるかもしれません。
ここに集まった私たちは、人の痛みを想像します。体験を語り継ぎ、後世へ伝えます。争いによって犠牲になった方々の御霊へ、祈りを捧げ、平和社会の実現に向けて努力を続けます。

「祈りのことば」

神仏と、大自然の恵みに生かされて祈る私たち

地球社会の同胞と、共に幸せでありますように
一日も早く、争いのない世界となりますように

われら自ら、いまここに

地球平和の礎に、世界平和の担い手にならんと誓い、
祈ります。そして行動します。